PC-9800シリーズ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
PC-9800シリーズ(ぴーしーきゅーはちしりーず)とは、NECが1980年代頃から出していたマイコンである(当時はパソコンとは言わなかった)。PC-8800シリーズとはほぼ血縁関係にある。
一般的にはPC-98シリーズとも呼ばれた(以降、この記事ではこの名称を使用する)。なお、けしてPC-98(ぴーしーきゅうじゅうはち)ではない。間違えなように。
PC-9801シリーズと、PC-9820シリーズや、PC-98NXなどがあり、(当時としては)安価であり、また(当時としては)高性能であったため、80年代のマイコンマニアと呼ばれた人々を主に下半身方面で熱狂させた。そして、いまでも多くのファンがいる。
[編集] メディア
当時ハードディスク内蔵のコンピュータなど高価でとても手が出なかった。普及したのは下半身方面なゲームの力が大きい。そのため、外部からの主記憶装置は捨てられなかったのである。
ようやくカセットテープの時代が終わり、フロッピーディスクの時代が始まろうとしていた。8インチフロッピーなどもあったが大きすぎてすぐに企画が死んでしまった。今のように3.5インチフロッピーディスクなんて物は後期の一部しか無かった。CD-R? とんでもない。PC-FXをつなげるくらいだ。そうである。5インチフロッピディスクがその頃は主流であったのである。
しかもシリーズが進むと、2DD(容量は640kB。繰り返すが、640kB)が主流であった時代に2HD(なんと1.2MB。繰り返すが、1.2MB)という驚くべき大容量のディスクドライブを標準装備した。この高性能に、当時のマイコン少年たちは悶絶した。IBMマシン(逝かれちゃうビジネスマシン。当時はメモリのパリティーチェックのため放射能がメモリに使われていたためこう呼ばれた)には当時8インチの1S(128KB)ディスクが搭載されたいたからである。当時はディスク2枚組みというソフトが多く、ドライブを2つ占領した上に途中でディスクを交換するソフトも多かったが、2HDドライブにはそのような作業は存在しなかったのである。まさに革命的な仕様であった。
[編集] しゃべるエロゲ
PC-98の時代に入り32ビットコンピュータが当たり前になった頃、とうとうコンピュータから女声が出るようになった。と言っても音は割れていて何パターンしか入っていなかった。それでも当時の最新だったのだ。それでもその当時は興奮したのだ! 中の人は頑張っていた!
なお、それ以前にも武田哲也がスコップを持って「しゃべるんです」と言う広告で電波新聞社のベーシックマガジンに乗っていたことを記憶するユーザーも少なくないだろう。一応男声、女声、トーンその他使用できたが、今の初音ミクほど優れた人工知能でなくただしゃべるだけの機能であったったため、エロの再現性(エロスの再構築といってもいい!)には機能としては力不足でと多くのユーザーが築いたことから失敗した経緯がある。なお、エロスを追及したゲームソフトとして「団地妻の誘惑」、「オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか? 」「マイ・ロリータ」などがあったが、今思えば256色中8色かつ独たーが片手間で描いた線画であったため今見れば無残なものである。
[編集] その後
PC-98シリーズの名称はその後も長く使われ、ノートPCにもこの名称が使われた。しかし、MS-DOSからWindowsへの移行が進み、21世紀を迎える前に終了となった。 これには大きく分けて2つの理由があった。まず1つ目は実はPC-98に搭載されていたwindowsはマイクロソフト製でなく、マイクロソフトから権利を買ったN○Cが、アップルコンピューター(PPC)を駆使してクロスコンパイルさせて作った苦心のOEM製品であったからである(え~愛着はどこに行ったの~?)。2つ目にはハードウエアの開発とソフトウエアの開発費用がかさんでしまい、当時不振だった半導体部門もろともリストラせざるを得なかったと言うことらしい。
なお今では、windows上で仮想窓として動くヴァーチャルPC-98が存在しており(他のマシンも含めて復活しつつある)、過去の資産が復活すると言う快挙を成し遂げている。
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