RYUICHI
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
RYUICHI、またの名をRAYLAとは、音楽戦隊エゴレンジャーのヴォーカル担当でセンター・レッド担当、および「ガガッデゴーイ!! 教教祖」のことである。2000年以降、世間に姿を現していなかったが、2007年の12月に突如再降臨した。1997年と2001年以降、「河村隆一」とかいう影武者を世に送り出し、多くの人々とコロッケの脳裏に「ポォォォォォォ!」を焼きつけた。
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[編集] 経歴
- 1970年5月20日に一人目の父親と母親の下に誕生。
- 1989年頃に宇宙的変態ギタリストと放火魔、太鼓担当の真矢みきとよく間違えられる人、および沈黙の美男子ギタリスト+αのライブをみて感動し、加入申し込み。メンバーは4人だというのにミスタードーナツ2個しか持っていかないという暴挙に出、太鼓と放火魔による壮絶なミスド争奪戦を誘発しつつも晴れて会員登録成功。
- 1996年に突如「俺はPOPSがやりたい」といい出し、エゴレンジャー解散を画策する。放火魔に嫌われつつも一時活動中止という形で計画は成功。翌年、有名な「ポォォォォォォ!」などをリリースし、一躍社会現象化する。
- 1997年には現在でも破られていないという男性ソロ歌手最大の売り上げを誇るアルバムをリリース。公称320万枚(実は280万枚しか売れていないという朝日新聞なみの捏造)も売上た。
- 1998年以降のエゴレンジャーでは「あま~~~~~~い!」というSLAVE達の絶叫の渦を巻き起こした。
- 2001年は彼の中では「MORRIEコス時代」以上に黒歴史だった。(オーザックとか、某タレント向けに作った某シングルとか。)
- 2005年に沈黙の美男子ギタリストと長髪のピアニストとでTourbillonなるバンドを結成。しかし、それも不発に終わる。
- 2007年にソロ活動10周年を迎えるも、細々とした活動しか行わず、RKFの会員たちを絶望の底に叩き落した。
- 2007年に突如本体が東京ドームに降臨。メンバーの中で一番貫禄の出た体つきで、超絶歌唱を展開。SLAVEを歓喜の渦に巻き込んだ。
- 2008年は5月にX JAPANのギタリストで宇宙の暇人となられたhideの追悼式典に参列。往年のシャウトを披露するなど、本格的なエゴレンジャー復活をにおわせるも、10月にミュージカルに出演し、さらに貫禄ある姿を世間にさらしてしまった。
[編集] 歌唱
- 張り裂けんばかりの「ポォォォォォォ!」を得意とする。デビュー当時と今とではまるで別人の声をもつ。
- 実はその「ポォォォォォォ!」でもhiAまでしか出せない。
- 本人は「3オクターブ以上出せる!」と豪語してやまないが、リリースされた音源やライブ映像から見るにつけ、歌唱に使える発声ができるのは、2オクターブ弱が限界音域のはず。
- 2007年のエゴレンジャー再結成の時はI FOR YOUで日焼けか酒焼けかわからないおじさんに勝るとも劣らない超ロングトーンを披露。「RYUICHIート(リュウイチ+チート)」なる異名を獲得。
- 2008年の武道館ライブではhiAの発声すら厳しくなっている印象を観衆に与えた。
[編集] マープ増毛法使用疑惑
- 97年当時、「マジハゲっすわ!」という異名をつけられるにまで至った生え際が98年のエゴレンジャー活動再開時にはワカメ頭ながらも生え際の下降が確認されている。
- その後、2005年に沈黙の美男子ギタリストらと結成したバンドのお披露目ライブの際には書き上げた頭部右側の分け目にファンの誰もが「これは間違いなくお察し下さい来たな!」と感じるも、翌年リリースされたアルバムジャケットでまたもや生え際が下降している。
- その後、エゴレンジャー再結成時やマシュマロマン疑惑時などに異様にコシの無い髪の毛を披露するも生え際だけは現状維持されていた。
- また、ミュージカル出演のため長髪をばっさり切った際も生え際はきちんといつもの位置にいた。
以上のことから、一部専門家の間では「『マープ増毛法』を使ったのではないか?」という憶測が飛びかうも真相はお察し下さい。
[編集] またの名一覧
- RAYLA
- 河村隆一
- 平成のナルシスト
- 宇宙一のナルシスト
- 邦楽界の異端児
- ポォォォォォォ!
- RYUICHIート
- マシュマロマン
- ワカメ
- 裏返りの貴公子
- マジハゲっすわ!

