UnBooks:クソ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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古来『クソ(糞)』は人々の想像力を育んでいる。その証拠に作者不明の次の文章が、かつてWEBを飾った。

ここに掲載する説話とも小噺ともつかぬ文章は、出所不明である。誰が書いたものなのか、いずれの時代に書かれたものなのか、まったく霧の彼方にある。しかも文頭のみの断片で、残りは書かれたのか、はたまた書かれたものが逸失したのかもわからない。ただ、ちょっと読んだだけで端倪すべからざる作品だということはすぐに分かる。捨て置くのも、全人類的損失であると思われるので、非難誹謗を恐れず、敢えてここに掲載することにする。

目次

[編集] 嘘のような嘘な話

[編集] 巻之一

昔糞屋というものが町中で商売をはじめた。店先に「どうぞ、お糞を。おすみになったら1両お持ち帰りください」と旗を立てた。たちまち大評判になった。町中の老若男女がこぞって糞屋に糞を落としにやってきた。誰もが訝り、しかし訪れる人波は途絶えることはなかった。

しかし、とうとう胸に満ちる知りたい思いに勝てず、綺麗な娘が顔赤らめながら番頭に聞いた。「番頭さん、どうしても得心がいかないのですが、このご商売、私の糞を落とすだけで、私は1両をいただくのですが、 1.ご商売の趣? 2.糞は何処に行くのか? お答えいただけますでしょうか」 番頭さん、綺麗な娘のまっすぐな眼差しに眼差しを合わせて、思いに耽るよう。 「それでは、あなただけにお教えしましょう」と、その秘密を娘の耳元に伝えた。 「入るは陽、出るは陰。この店は町の陰陽の釣り合いの取り所なのです。1両はいわば入れてこなし、出す、その作業賃、利息の如きもの」 こう聞いて、娘さんお礼を申し上げたのだが、なにやら納得のいかない様子。 「でも、糞は何処に行くのでしょう?」

「何処に行くのでもございません。店の裏に皆様方の糞を溜めておく大きな桶がございます。そこに陽の気を目一杯孕んだ糞を積み上げることにより、天に向かって陽の気が発射されるのでございます」 「陽の気はどのような働きをするのでしょうか」 「気には陽の気と陰の気がございます。ここ10年ほど戦が起きていませんので、陰の気が天地の間に遍満し始めております。この儘ですと、陰の気が溜まり過ぎて人心に乱れをもたらすことになり、世間が退廃いたします」 「それで猥雑な風俗が流行ってきたのですね」 「そのとおりです。この儘ですと文明は滅亡へとまっしぐらです。これを防ぐために、皆様の陽の気を集め天に向けて放つことによって、天地に遍満する陰の気を打ち消すことになるのです」 「そうですか。糞屋様も随分と世間を思っておられるのですねえ」

「そうなのです。不肖私、番頭として朝は早くから夜は遅くまで独楽鼠、ドブネズミのように、寝る間も遊ぶ間も惜しみ、無論昼寝などもってのほか、町のため、皆様のために文字通り身を粉にして糞屋を守り、動かしております。さらに申せば、これも一期一会と申しましょうか、はっとまるで息の飲んで吐き出すのが惜しいようなあなたのお姿、いまこのときから、あなたのためにもさらに身を微粒子にするまで励むことといたします。 いやいや、報酬など、ただ望むのは、町の喜び、あなたの喜び、それをみる、それが私の励みとなり、仕事の代となるのでございます。」 と番頭は、見つめる喜びが光となって滲み出すように、娘を見つめ語るのだった。これをエロス的カタルシスという。

「まあ」と娘はいった。 「番頭さんのウンチク噺には私、すっかり感動いたしました。糞に気を孕んでいるなんてまったく知りませんでしたもの」 「いやいやいや。恐れ入りますです」 この番頭、実は娘の美貌に感銘を受けこそすれ、まったく恐れ入ってなどいないのだ。 「それでは番頭さん。私、丁度便意を催して参りましたから、黄土色の分身を残させて下さいな」

「その前に、ワセリンを 塗ってしんぜよう」

「って、誰がお塗りになるのでしょう か?」と娘、うるるかな瞳を大きくみひらいて、番頭に眼差しする。「真鍋瞳」と、脈絡無く番頭呟く。。。

「ご自分でお塗りになるのでしたら、手鏡を床に置いて跨る様にしゃがめば宜しいかと」 「あら」といって、ほんのりと赤面する美白の娘。

番頭、意外と初(うぶ)で、これまで知った女は指10本、しかしながら、このような色白ぽっちゃり、しかして程良くすらり、の娘は知らなかった。(注:「知る」という言葉は、例えば聖書では特別の意味で使われます)、それで、ドギマギして赤面、ドギーマンじゃございません。 「いやいや、ワセリンなど、鏡などとはしたないことを申しました。自糞のことは自指(じゆび)というのは、先日大阪で開催された糞学会でも定説と位置づけられているやのように、でございましたが、しかし、学説というもの他指多彩にうごめくもの、果たしてどれが正しいものか、私も迷うところがあるのでございます。 それで、まことに、いえ、真率からあなたへのご奉仕の気持ちからなのですが、すべからく男の子は乙女の騎士、騎士とは僕(しもべ)、僕とは乙女のご用を務めるもの、ご用をつとめるとは乙女の指を汚さぬように己が指を差し出すもの、こう私などあなたの美しい姿を前にクラクラするほど再確認をいたしますので、どうかこの真心お受けくださいますよう」と、騎士となった番頭、脂汗を流しながら娘に申し出する。歓喜の太鼓、番頭の胸内。

「まあ」顔を紅潮させながら娘は口を開く。 「番頭さん・・・。ふだん不浄のお金を触っている指でない指のことをおっしゃっているのでしょうか」 番頭の心の臓は急に鼓動が高まり、口が開けない。 「あ。あの」 「まあ。やはりそうなのですね」

番頭、後退する。娘、微笑む。氷の微笑。シャロン・ストーン、同時代のモナリザ。 娘、胸を張る。番頭腰を引く。押される。踏みとどまらなければいかん。娘の眼が番頭をとらえる。番頭、蝦蟇の脂、タラリタラリ。 「そうなのですね、」と娘ふたたびいう。「『自助論』、ご存じね。「結構」、これもご存じ。「自分の**は自分で**」、これも同じく。私は2001年9月23日に存在する女性なのですよ。お分かり。理解なさいます?」 番頭、二歩後退。挽回せねばと、腰に力を入れる。

その瞬間、番頭無意識のうちに放屁。 「ぷ~~う」 「何か仰いまして?」 因みに落語によると、屁には「ぶ~」「す~」「ぴ~」の三種あるそうだが、 これらの何れとも違っていた。 やがて漂いはじめる黄土色の香り。

「あら、番頭さん」と娘、妖艶に微笑む。「それでは参りましょうか」と番頭の手を引いて、厠へ向かう。番頭、無論異存はない。厠の前にシャワールームあり、「番頭さん、身を清めていらっしゃい」と、娘促す。「それはもう、駄目でしょ(謎)」と。番頭、シャワーを浴びる。「それじゃあ、私も」と、娘、番頭に続く。さて、これで仕舞いなのだろうか?

古来反語は「いや、そうではない」という意味を内包する。

冷たいシャワーを浴びているうちに番頭の脳裏に怜悧な意識が舞い戻る。その刹那、シャワー室に入ってきた娘の姿態が視野に浮かび上がる。劣情が走る。いずくんぞこの葛藤を滅却できる者ありや。 しかし、番頭の便意は深し。やがて劣情を覆い尽くす。 「まず糞を出さねばなりません」 「まあ、ここまで来て糞ですって。後で私があなたの分まで出して差し上げますわ。物事には順序というものがあるでしょう。ほら、もうこんなになって(謎)」

番頭、物も言わず娘を抱き寄せる。「あなたが美しいからです。あなたの美しさが私を狂わせるのです。ああ、あなたの美しさは罪だ!」などと、突然文学青年する。

「私も文学少女だったのです。いまも、一応そうなんですけど」と娘、応える。唇を番頭に合わせる。「見る前に飛ぶのです。ああ、私も離陸を始めました。飛ぶのです。高く、高く、打ち上げようよ、紙風船」。秋の春。

一体となって舳で飛翔する二人。 昇るだけ昇り詰めると、やがて落下の快楽。速さのおよそ自乗に比例する空気抵抗を受けながら落ちていく。 「ああ、番頭さん。地獄に堕ちるときも、こんな気持ちになるのでしょうか」 「だとしたら、何回でも地獄に堕ちたい。貴女となら」 番頭、人生快楽の絶頂。

カッタルク落ちていくと、空気はふわふわの布団になる。空気布団が敷かれて、二人の交歓は続く。快楽の波はサイン曲線。サイン、コサイン、タンジェント微分積分おニャン子クラブ。快楽は微分され、また積分されていく。番頭さんはタンジェント。ああ、娘のサインは応え、線は交わる。と、衝撃のときは迫る。「夢だろうか、ならば、永くつづけ」と、番頭さん。「夢は現に、現は夢に」と娘。空覆おう黄土色。空一面が黄色く霞むのでございます。交歓から生まれる新たな世界。形となり、影となり、鳥、戯れるように。衝撃とともに、強烈に押し寄せ、広がるものがございました。番頭さん、娘、土の上。二人の上に、きらきらと黄土色が舞い降るのでございます。

番頭さんの上に 黄土色 舞降り
娘さんの上に 黄土色 舞降り

ここで詩をもうひとつ

二人の愛に紙はいらない
世の人は何がゆえ
紙などで拭くのかしら

この煌き散るらむ
黄金の風花
身を任せよや終わりまで

やがて二人に五感が戻る時がきた。 「娘さん。て、手前は何ということを」 「何も仰らないで、番頭さん」余韻を残してうっとりとかたる美貌の娘。

[編集] 巻之二

というわけで、大きな満足を味わった娘は糞屋の契約社員となった。娘の、色白ぽっちゃり、しかして程良くすらりの美貌、知性、輝く瞳、性格のよさ、さらに、・・・、で、たちまち糞屋は町中の評判となる。少年は糞屋を目指す。青年も目指す。中年も、恥ずかしながら。さらには老年も、そのこころ糞屋に動く。

はや第二幕に入ったが、注意深い読者諸氏なら既に気が付かれているであろう。糞屋の主人はまだ一度も登場していないことに。

実はこの糞屋の主人、めったに店に出てこない。糞刀自といわれるこの老婆、町内に幾つも長屋を所有しており、童どもからは糞婆と呼ばれる因業家主。この吝嗇な老婆が何ゆえ糞屋などという商いをしているのだろうか。

「儂が糞刀自じゃ」と、呼ばれて主人は奥の院から出てきた。皆ヒルんだ。「誰じゃ、呼んだのは」と、皆をねらめつける。アレ、アリ、アル、木の眼が、デス、と訳のワカランことを云うものあり。「なんじゃと、アルキノメ、デスじゃと。分かりませぬな。幾ら嘘八百、日本語含めて信ずるイノセントな御仁は、まともに考えればおられぬはずじゃが、いや、イノセントも、たまには、オルセント、それはわからぬが、それにしても、アルキノメ、デスとは、はっきりせい!」と糞刀自婆さん、別名、糞婆、ぎろりと目をむく。

娘と目が合う。婆さんと娘、見つめ合う。番頭さんの髪がパチパチと音を立てる。火花が辺りに飛んだのだ。「儂が娘の頃はあの程度ではなかったがのう」と、呟く。「贈られる花束の置き場所に困って仕方なしに花屋をつくったこともあったのう」と、若かりし頃を偲ぶ。「まだまだじゃ。美しさがタリン。おつむもタリンようじゃが、っふ、いたしかたないことじゃの。儂のようなものは二人とおらんじゃて」と。

娘、微笑む。微笑みが風に運ばれ、木の枝を揺らす。すると微笑みは花となった。「木々さえも、私に応えようとする」と、娘、少し満足。それを見つめる番頭さんも満足の思いがこみあげる。違う思いもこみ上げる。カラス、この光景をクルクル眼で見ている。猫は皮肉に、「愚かだ、っぺ」と、一瞥を向けて、また昼寝す。

[編集] 関連項目

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