UnBooks:読むと元気になる遊牧民列伝

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

みんなは遊牧民の存在を知っているかな?そう、家畜と共にのんびりと暮らしているあの人種さ。ゆったり生活をしているというイメージ故に、彼らは非常に温厚で、戦闘を嫌う民族だと思われがちだよね。けれど、忘れちゃいけない。彼らの遠い祖先、具体的には2000年以上前の彼らは、その名に恥じぬ戦闘民族、すなわちサイヤ人だったんだ。地に伏す中華民族とは桁違いに強かったんだよ。というわけで今回は、その歴史について列伝風に見ていこう。遊牧民たちのパワフルな虐殺を見れば、鬱になっている君でもきっと元気が湧いてくるよ

はじまり[編集]

世界史上初のサイヤ人は、スキタイと呼ばれる戦闘集団だったと言われているよ。彼らは前8世紀くらいに存在していたと言われる遊牧民で、広大な南ロシアを支配していたんだ。でもそれに飽き足らなくなったのか、手当たり次第に他国を侵略していったんだ。その被害にあったのはメディアと呼ばれる国家で、危うく国家が滅亡するくらいまでにフルボッコにされてしまったのさ。スキタイはその後も侵攻を続け、ついにエジプトにまで到達したんだけど、当時のエジプト王が「ごめんなさい許してください何でもします頼みます」と土下座を連発したせいで侵攻できなかったんだって。あと、アケメネス朝ペルシアの最盛期の王であるダレイオス1世にも勝利しているんだ。まあ、1つ残念なのは侵略にしか興味がなかったから、侵略した土地の統治は適当だったところだね。

匈奴と五胡[編集]

そんなスキタイに代わって台頭してきたのが匈奴と呼ばれるサイヤ人集団。最初は負け続きだったんだけど、冒頓という人が単于(王様)になった途端、その力を覚醒させたんだ。冒頓単于は前漢の高祖を包囲し、降伏させたことで有名なんだよ。まあ、中華民族はこのことを未だに根に持っているらしいから、あんまりほじくってやるなよ。

匈奴は五胡と呼ばれる四天王(五だけど)みたいな組織のうちの一角で、他に「鮮卑」「羯」「氐」「羌」がいたんだ。彼らは皆ツワモノで、特に鮮卑は匈奴と同等くらいに強かったらしいよ。鮮卑族の最盛期の王である檀石槐は、かつての匈奴の最大版図と同じ領土を手にしたんだ。後漢をも手玉に取るくらいの猛勇だったらしいね。

突厥[編集]

鮮卑の次に現れたのが突厥。彼らもまた強く、周辺民族を鼻歌交じりに蹂躙していったんだ。エフタルを壊滅させたり、契丹をボコボコにしたりと、好き勝手やっていたそうだよ。そしてあまりに領土が拡大しすぎたせいで、東西に分裂してしまったんだ。それでもなお勢いは止まらなかったけどね。

契丹[編集]

実は突厥が衰退してからは、サイヤ人はなかなか登場しなかったんだ。回鶻とかいう民族もいたようだけど、所詮かめはめ波を使える程度だったからサイヤ人とは呼べないのさ。

そんな停滞期を破ったのは契丹。彼らは突厥に敗れた後、苦しい修行を経て覚醒したサイヤ人なんだ。中華に興味を持っており、国号をと改めるなどしたみたいだよ。遼の建国者である耶律阿保機未だに中国人にとっては屈辱であるという澶淵の盟[1]を結んだ6代皇帝の聖宗などスター揃いなんだ。

モンゴル民族[編集]

今までのサイヤ人とは比べものにならない、つまりスーパーサイヤ人とも言えるだろう民族こそが、このモンゴル民族。世界史上最大の帝国を築いたことでも有名な民族さ。初代ハーン(王様)のテムジンは、クリルタイ(族長を決める会議)でハーンに選ばれた際に名をチンギスと改名、モンゴル帝国を名乗って無双を始めたんだ。肩慣らしにナイマンという遊牧民を殲滅し、2代目皇帝のオゴタイ親征のつもりで行ったという国を葬り去り、その甥にあたるバトゥはワールシュタットの戦いでヨーロッパ連合軍を撃破、4代目皇帝のモンケの命で西方アジアを攻めたフラグアッバース朝を蹂躙。その後も侵略と領土拡大を続け、ついにあの男が即位することになる。

その名すなわち、フビライ。彼は国号をと改め、周辺諸国を喰らい尽くしていったのさ。南宋や高麗を始めとして、実に10以上の国家を壊滅させたんだ。でも考えてほしい。みんなが知っているとおり、日本にも元は侵略活動を行っている。しかし当時の執権であった北条時宗は、この侵略活動を見事に防いでみせたんだ。よって、日本国はサイヤ人にも勝る最強国家であることが分かるのさ

その後[編集]

実は、元を最後にしてサイヤ人は見られなくなったんだ。というのも、元のインパクトが強すぎたせいで他が霞んでしまったというのもあるんだけどね。ちなみに、遊牧民ではないけど一昔前の大日本帝国はサイヤ人に匹敵する強さを誇っていたとされているよ。結論として言えるのは、やっぱり日本が最強ってことだね。万歳!

補足説明[編集]

  1. ^ 澶淵の盟とは、「宋が兄!遼は弟!その関係さえあれば良い!」という宋のプライドが滲んでいる和平条約である。決して実力で敵わないため、宋は見栄っ張りと言えるだろう。

あとがき[編集]

どうだい?元気になっただろう?