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島(しま)

 方

  を

   海

    に

     囲

      ま

       れ

        た

         陸

          地

           の

            こ

             と


地球上において「島」でない陸地は存在しない。 にもかかわらずあえて「島」ではなく大陸という呼称を用いている地域があるが、これはたんなる虚栄心に満ちていて確立した自己のない見栄っ張りのあんぽんたんやろう共の戯れ言である。 またわざと「大陸」と呼称し、いわゆる「島」という文明の発展度合いが周囲に比べて比較的劣っているとの差別化を図ろうとする根底には、旧時代の進化論的文明史観を未だ引きずっているということもできる。レヴィ=ストロースがこの様な状況を見たらきっと泣いてしまうだろう。


たとえば、本稿の

 方

  を

   海

    に

     囲

      ま

       れ

        た

         陸

          地

           の

            こ

             と


を見て、貴方は何を思うだろうか?

 「四」は「と」よりも優れている

 「四」は「と」よりも裕福だ

 「四」は「と」よりもシャンプーを使う量が多い

 「四」は「と」よりも厭離穢土欣求浄土

 「四」は「と」よりも北条氏政の功績を評価している(北条家の領土は四代氏政の時に最も大きくなった。)


何の変哲もない文字列から以上のような、進化論的意味解釈を採用してしまった貴方は文化論的多様性の意味、そしてその意義をもう一度学び直すべきである。もちろん、さまざまな要素同士を比較し、優劣を判定するという視点が間違っていると言うつもりは毛頭無い。優劣を基準とした競争により、今日の文明社会が実現したわけである。文明社会の一つの表現形態であるインターネッツの誕生により、私達は今夜のおかずに不自由する心配もなくなったわけだ。旧時代にくらべはるかに便利となったこの暮らしに、また先人達の功績には深く謝辞を表す。


本当にありがとうございました。


だがしかし、私達が文明、正確に言えば、様々な族、家、講、組、団、社、国、市、町、村、都、道、府、県に存在するフォークウェイズについて、その優劣を比較することが可能なのであろうか。またその比較の視点は妥当なのであろうか。比較を論じる前にその比較基準について良く吟味する必要が有るであろう。

未来に生きる私達は矮小なエスノセントリズムにとらわれてはならない。 私達はあらゆる意味において自由なのだ。