いい人

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曖昧さ回避 この項目では、意外と相手にされない男性について記述しているばい! 引目の主人公の漫画につ・い・て・は「いいひと。」をCHECK IT OUT!! はい!!!

いい人(- ひと)は、女性にとって嫌ったり憎んだりしたい訳ではないが、恋愛対象としてはごめんなさい男性のこと。ときに女性を指すこともあるが、ここでは男性に限定して記述する。

特徴[編集]

いい人はとくに性格面で評価されることが多い。それはリーダーシップがあるとか、ワイルドであるとか、アグレッシブであるとか、そういう意味ではない。概して穏やか、温厚、誠実、義理堅い、親切、などと形容されるものである。そのため学校では教師受けしやすいタイプでもある。

彼らと接する男性は、そのようないい人がやさしいことを知り、人間的に惹かれることもある。しかし女性は男性をもっぱら「いい男か、否か」で判断するため、人間的によくても「男としての魅力に欠ける」と判断する場合が多い。そんな彼らの特徴を一言で表すと「悪いやつではないんだが光るものがない」である。

認識の変化[編集]

小中学生時代は、学級会でもいつもにこにこ聞いているタイプである。休み時間も教室で本を読んでいたり、友人たちと騒ぐことなくおしゃべりしていたり、あるいは黙々とサッカーボールを追いかけていたりする。影が薄い場合が多いが、クラス文集の「親切な人」「やさしい人」ランキングでひょっこり顔を出したりする。

小学校時代には女子に人気があるのはスポーツが出来る男子である。そしてその中でもリーダーシップがある者に人気が集中するが、この頃のリーダーシップに対する評価はかなりいい加減であり、要するに目立つ人間がモテるのである。一方で物静かな女子はそのようなモテる男子に近づくことが出来ず、むしろ身近な心のよりどころになるおとなしいけどやさしい男子と接する機会のほうが多かったりする。年少者の場合は単純接触効果により好意を持つ場合も多いので、彼女たちはそのような男子を「いい友だち」と見なす。ただしこのころの女子は極度のロマンチストであることも多く、基本的に「好きな男子」は前述の目立つスポーツマンであることが多々ある。

高校生くらいになると女子生徒は自分と釣り合いの取れた男子を選ぶ意識が高まってくる。しかしこのころになると、幼馴染という名のもとに女子と遊んでいた者もいなくなり、おとなしい男子生徒は女子生徒と接する機会が消滅する。まったく関わりのない者を好きになることはないので、女子生徒の「付き合いたい人」の中にいい人は入ってこない。

大学生から社会人になると人間関係も変化し、おとなしい男性でも研究上、あるいは仕事上女性と接する機会が生まれたりもする。ただしその頃になると知らず知らずのうちに女性の見栄が大きくなり、これといって目立つところのない男性と付き合うことを深層心理下で拒むようになる。見栄のない女性も少なからずおり、そのような者は「性格重視」などと言っておとなしい男性と交際することもあるが、おとなしい男性たるいい人に対してその数は圧倒的に少数であり、大多数のいい人はやはり女性から異性として見てもらえない状況が続くことになる。

働き始めて数年経つとまた状況は変わる。昭和時代には「見合い婚」という制度があり、家族の薦めもあって「将来安定した家庭が築けそうな誠実な人」と結婚する女性が出てくる。いい人はまさにこの条件に当てはまり、それまでの汚名を返上する形でとんとん拍子に事が進むということも珍しくなかった。ただ、恋愛結婚が主流となった今日においてはいい人の良さが見直される機会も乏しく、女性はせっせと大学時代からの彼氏と結婚してしまう。

こうした事情から、ひと昔前からは人間的に出来た独身中年男性がどんどん増えつつある。この頃になると、若い頃は格好良かった男性でも腹が出てきたり禿げてくる。中年期に入ってからは、往時の外見云々よりも文句を言わずに家事をしてくれそうないい人への需要が高まる傾向にあった。そのため高齢結婚、離婚経験女性との結婚という道も残されてはいた。しかし最近ではちょい÷オヤジの出現によっていいということ自体の価値が低下しており、ここまできてもいい人は救われない状況にある。

認識のずれ[編集]

いい人は基本的に女性と接する機会に乏しく、女性の本音建前の使い分け、あるいは計算高さを知らない。そのため女性から「あなたいい人だね」と言われるとそれを真に受けて「好意を持ってもらった」と感じる。しかも女性と接する機会の少ないいい人にとっては、好意を持たれることは珍しく、これは千載一遇のチャンスだと必要以上に張り切ることもある。

しかし女性側から見れば良くて「友だちとして付き合う分には悪くない人」であり、たいていの場合は「どうでもいい人」であったりする。そのため男性側から必要以上にアプローチされると迷惑だと感じることも多い。

性質が悪いのが、女性が彼らを「いいお友だち」と見なしたときである。男性は真剣なのでデートに誘っているつもりが、女性側にとっては単に食事をご馳走になった、単に買い物に付き合ってもらったに過ぎないことも多い。そして男性が格好よく「今日はおごるよ」と言ってみたり、熱心に買い物に付き合ってみても、女性は単に「やさしい」としか考えないのである。性質の悪い女性は「おごってくれれば食費が浮くからときどき食事に誘おう」とか、「パソコンのことよく分からないから今度買いに行くときに付き合わせよう」と考えて女性側からも「デート」に誘ってしまうために、いい人はますますいいように使われてしまう結果となる。

上述のようにモテる男性がいい人と親しくなることもある。モテる男性は彼らの性格のよさに接し、「こんなにいいやつに彼女が出来ないわけがない」と考えて合コンに誘ったりすることもある。しかし男性にとって人として魅力のある人物が、女性にとって異性として魅力があるとは限らない。そのためモテる男性が気を利かせても徒労に終わることが多く、当の本人と2人で「どうして彼女ができないんだろうか」と悩むことになる。

逆の悲劇も存在する。女性が珍しくいい人に好意を示して「女心がぜんっぜんわかってないのよね」と言っても、女性と接する機会に乏しかった彼らはそれを言葉どおりに受け取って、振られたと落ち込むこともある。後になってようやく、実は好意を持ってくれていたのだと気づき、次こそは相手の好意に気付こうと決意することになる。だがもともと好意を持たれることが少ない彼らに「次」がやってくるとは限らない。

語源[編集]

上でも述べたように、いい人の語源は「どうでもいい人」だと長らく信じられてきた。しかし言語学者の銀田二冬彦は専門雑誌『言語』に「いい人の起源について」という論文を寄稿し、この説に反論している。それによると、平安時代の貴族社会においてもプレイボーイの在原業平のような人物の影にいい人は存在した。彼らは女性に贈り物をして気を引こうとするのだが、女性にしてみれば金持ち貴族が都合よく物をくれるとしか思わない。そして彼らのような地味で一途な貴族のことを「めしを食わせてくれる人」つまり「飯人」と呼ぶようになった。これが「いい人」の語源だと指摘する。

その他[編集]

  • 最近ではいい人という言葉は女性が適当にあしらう場合に使う言葉で、いたずらに男性を傷つけるものであることが認知されてきた。しかしなお、女性は興味のない男性に対していい人という言葉を使い続けている。これは相手が傷つくかどうかにすら関心がない、つまり女性がいい人という相手にはまったく興味がないことを裏付けている。
  • 年配者が「いい人はできたかい?」と聞くときは、「メッシー君はできたかい?」と聞いているのではなく、「恋人はできたかい?」と聞いているのである。これを勘違いして「3人もいるよ。私って悪い女でしょ」と答えると、聞いている年配者は三股をかける本当に悪い女だと思ってしまうので注意が必要である。

関連項目[編集]