ただより高いものはない

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ただより高いものはないとは、ただ同然のものほど無意味なものはないということを示す億万長者に優しい呪文である。補助呪文は「この世にただのものはない」。

概要[編集]

無料0円の善意ほど高くつくものはないという性悪説丸出しの格言が、「ただより高いものはない」という言葉である。なぜ高くつくのかといえば、その善意に対して恩返しをしなければならないのが人情で人倫だからだ。故に、無料で善意を示しておけば、貧乏人や被差別階級でも億万長者に対して報償を要求する権利が生じる。

主要民族に属する億万長者たちは、少数民族や貧乏人から示された無料の善意に対して、自発的に報償と感謝を求められるのが気に食わなくて仕方がない。そこから生まれた嘆きの文句が「ただより高いものはない」という格言である。

しかし、億万長者は嘆いて終わりにしなかった。彼らはこの悲嘆を資金力でもって都合の良い意味に改変した。そして、この格言を24時間365日労働し続けなければならない状況にある貧乏人たちに浸透させようと、「主婦のお買い物感覚」という言葉を通して盛んに宣伝している。

1円ほど安いものはない[編集]

上の格言は、ただ(0円)より高いものはないとするなら、同時に成立する格言といえよう。0とは、すべての金銭を無効にしてしまう金持ち戦慄の魔法の数字だ。

1円は本当に安くて素晴らしい。億万長者はほんの1円を与えることで、0円で善行を施した貧乏人から感謝されることができるのだ。もちろん自分が感謝する必要は一切ない。それが日本式接客の定める厳格な掟である。

自分で感謝の言葉を施し、その貧乏人に徳義を与えてしまうのに比べれば、なんと安い買い物なのだろう。「同情するなら、金をくれ」と貧乏人の少女中の人はその言葉で本物の貧乏人を踏み台にして億万長者に)が叫ぶドラマがあったが、このドラマをスポンサーした大企業の億万長者は1円でもって「その程度の額で何が買えるのか」と心配することなく、同情しているポーズをとって、自分自身の善行ぶりを満天下に広報することができる。

いや、1円は最安値ではなかった。外国には1円以下の価値しかない通貨もあるのだった。しかし、億万長者はそれを根拠にして、いかに自分が出国の機会など望めない貧乏人に1銭以上の高値をつけてやったかを誇ることができる。

この世にタダのものはない[編集]

「ただより高いものはない」と頻繁に併用される格言が「この世にタダのものはない」という言葉である。論理上は決して両立しえないこの言葉が貧乏人を前にした億万長者の口から同時に発せられることは決して珍しいことではなく、億万長者はこれをもって、貧乏人の貴重な物品をタダ同然の価格で買い叩きながら、自分が貧乏人の意見に耳を傾けている場面を設計する。お金が発明される前、全てはタダだったという起源論争に付き合うことは決してない。

億万長者が「この世にただのものはない」世界を設計してくるなら、貧乏人はどのように対処すれば良いのだろうか。金銭を自分の価値観だけで廃棄して万引き犯になるのでないのなら、1円で買い叩かれるのを忌避し、できる限り高値で才能や産物を売りつけるのが最善策だ。しかし、こうしたことを貧乏人が行おうとすると、億万長者たちは「ただより高貴なものはない」と言って、貧乏人のつけた高値を糾弾し、慈善活動の勧めを説いてくる。貧乏人の生活にとっての「適正価格」よりも安い値段の品を並べて、貧乏人が自力で稼ぐ機会を奪いながら。

この世界観では、1円稼ぐよりも「1円も稼いでいないのに、平均的な勤め人よりも豊かで自由な生活を送らせてくれる人間に寄生」している方が得となる。自分の生み出した産物に1円の対価も求めない人々は、「ただより高貴なものはない」という価値観を大成させた金銭魔術の異能力者にして、営利の原理を離れて生きる聖者さまだ。

関連項目[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「ただより高いものはない」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。