ハンス・クリスチャン・アンデルセン

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アンデルセンのおじさんは、「デンマークのオランウータン」と呼ばれ、たぶん愛されていました。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen、1805年4月2日 - 1875年8月4日)は、子供がよい大人になるためのお話をたくさん書いた人です。よい子のみなさんは、このおじさんの書いたお話をたくさん知っていると思いますが、ここでちょっと、おさらいをしてみましょう。
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醜いあひるの子[編集]

むかしむかし、デンマークというレゴブロックでできた国の真ん中にちんまりとした島があって、そこに長靴の形をしたくだらないがありました。そこの主人の靴屋は病気がちで、しじゅう変な咳をしていましたが、かかあが隣で寝ているときに大きな咳を一つした拍子に、男の子が生まれました。ばかでかくて、不器量な男の子でした。

器量が人生のおおかたを左右する、というのは皆さんも知っていますね。この男の子も、周りの人々からたいそういじめられました。しかしそれでも、お父さんとお母さんは靴直し以外何をするでもありませんでした。そこで男の子は家を出ました。

男の子はオペラ歌手になりたかったので、コペンハーゲンでそのための勉強をしていたつもりが、いつのまにか男の人のベッドに寝ていました。やっと劇に出してもらえたと思ったら、猿回しの猿の役でした。

しかし男の子の心は決して折れませんでした。アンデルセン君は若く、何事も明るいほうへ考えるたちだったのです。さらに、生まれつき持っていた素晴らしい想像力もまた、彼を救いました。彼が夜ごと見る夢の中では、彼は美男子で、美しいヒロインと恋をする劇団一のスターでした。彼は心の底から叫びます。「ああ僕はあのみっともないあひるだったとき、こんな幸せなんか夢にも思わなかったなあ。」あひるの子は、夜は白鳥に変わったのです。しかしながら、所詮は夢です。朝になると、また醜いあひるの子に戻るのでした。現実に勝てないことを少しだけ悟った男の子は、放浪の旅に出ました。

おやゆび姫[編集]

むかしむかし、あるところに、見るからに不幸せそうな顔をしたおじさんがいました。おじさんは老けて見えましたが実はまだ30代でした。お嫁さんを探してヨーロッパじゅうを旅していましたが、おじさんがあんまりひどい顔なので、なかなか見つかりませんでした。しまいにやけを起こして、男の子に乗り換えたりもしました。だからおじさんは顔をゆがめて歩いていたのです。

せまく汚いおうちにもどると、おじさんはなおのこと寂しくなりました。そんな時おじさんは、右手をじっと見るのでした。おじさんにとって、右手の親指は、ふくよかできれいなお姫様でした。人差し指はスレンダーなお姉さん、中指は背の高い奥さん、薬指は理知的な美少女、小指は……ともかく、この方法ですれば、一週間でも二週間でも持ちこたえられました。それでも、終わったあとの何とも言えないむなしさは、何をもってしてもぬぐいきれませんでした。

赤い靴[編集]

大人になるかならないかくらいのその女の子は赤いを履いて、心から楽しんでいる様子で踊っていました。女の子はとてもきれいで、おじさんは一目でその子のことが好きになりました。おじさんはもう40を越えようとしていました。おじさんは女の子に近づこうとしましたが、隣にいたその子の母親と思しきおばさんが、女の子に小声で何か注意すると、女の子はおじさんをさげすむように見て、神様の前で言えないようなことを言うと、すたすたと向こうに歩いて行ってしまいました。

おじさんは女の子のまなざしが忘れられませんでした。一生踊り続ける呪いなどあろうものなら、かけてやろうと思いました。しかし、あの赤い靴をはいた足になら踏まれてもいいという、不思議な気持ちもまた生まれたのでした。

裸の王様[編集]

50に差し掛かるころになるとおじさんは、街の中を裸で歩くのが好きになりました。この先を書くのは、面倒なのでやめます。

人魚姫[編集]

晩年、アンデルセンのおじさんは、まで夜の相手にせねばならぬほどみじめな状況に陥っていましたが、お話を書くのだけはやめませんでした。そして、子供のためのお話を上手に書くおじさんとして有名になり、子供たちからのお手紙がたくさん届くようになっても、お嫁さんだけはどうしても見つかりませんでした。こうしてついに1875年の真っ盛りのときに、まるで可憐な人魚姫の残した小さな水のあぶくのように、おじさんの魂はひっそりと天に召されたのです。

素敵なお話の新しいのがもう読めないと知って、デンマークの大人も子供もみんな悲しみました。大勢の人が、とってつけたようにおじさんの死を悼み、お墓参りをしたので、お墓の周りはお花でいっぱいになりました。初めのうちはそうでしたが、2,3年たつとみんな飽きてしまいました。アンデルセンのおじさんのお墓の周りはいつしかペンペン草が生い茂り、銅像にはさびが浮いていました。おじさんの書いたたくさんのお話の主人公たちの銅像もできていましたが、そのほとんどがうちすてられていました。みんな、他に楽しいことを見つけたのです。

すてられていた銅像のうち、人魚姫は、日本から桃太郎の子孫がやってきて、自分たちが作ったへたくそな遊園地にすえつけましたが、お金を変なことに使っていたのですぐにつぶれてしまいました。人魚姫は、今どこにあるのかわかりません。本当にばかみたいですね。

マッチ売りの少女[編集]

マッチをすって暖かくなって、火の中にきれいなものが見えても、それは一瞬のことで、いずれ凍えて死んでしまいます。想像力は大事ですが、実際に行動しないと、いくらよい子のみなさんでも生きていけませんし、アンデルセンのおじさんみたいにばかを見ますよ。わかったらさっさと寝なさい。明日はきちんとお仕事に行くんですよ。

関連項目[編集]