良識の府

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良識の府(りょうしき-ふ)とは、かつての日本に存在した都道府県の一つであり、大阪府、京都府とともに1都1道3府43県(沖縄の本土復帰前は42県)を構成していた。人口は最も多かった時期でも252人に留まっており、すべての都道府県において最少だった。また、所在地も今一つはっきりしていないが、現在の東京都千代田区永田町付近にあったとされるのが一般的である。

概要[編集]

太平洋戦争が終結した2年後である1947年、GHQの指導もあり東京都千代田区永田町の一部地域を独立させることとなり誕生したのがこの良識の府である。かつての東京府にヒントを得て名づけられた日本初の地名であるのと同時に、今なお唯一のひらがな都道府県名でもあった。旧貴族院があった場所を分離・独立させて新・良識の府としたという説もあるが、明確な府域は判明していない。

その名の通り、良識のある高学歴でインテリな人間が集まった府でもあり、孤高で一匹狼なタイプの人間が多く居住した。また、府議会の構成は他の都道府県議会や衆議院と異なり、やはり無所属の議員がほとんどであった。これにより、衆院を中心とした他の議会を監視する役割をGHQが期待したものとみられる。

府民は3年に1度入れ替えが行われたが、1度引っ越してきた者は6年経たないと引っ越しができないシステムであり、以降通算12年目で引っ越さなかった者は18年間、18年目で引っ越さなかった者は24年間、といった具合に生活することが求められた。そのため、最低でも6年間は死亡さえしなければ居住し続けることになっていた。

消滅[編集]

こうした半ば異様な府である良識の府は、1960年代ごろまでは存在が確認されていた。しかしその後、情報が乏しくなっていき、1980年代ごろから現存するのか怪しまれるようになった。その後、1990年代後半から2000年代前半の間に、良識の府の消滅が確認され、日本は現在の1都1道2府43県となった。現在は東京都に併合され、府庁跡地には良識とは無縁の野次と闘争、そして党に服従を誓った、中立とは全く無縁の参議院が建設されており、「良識の府」の痕跡は影も形も無くなっている。

関連項目[編集]