赤の広場

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赤の広場(露:Красный квадрат)(英:Red square)は、ロシアの首都モスクワの中心に位置するレーニン及びソビエト連邦の墓地。世界的にもタイムズスクエアの対義語として有名である。

概要[編集]

 ロシアモスクワの中心にある広大な敷地を要す墓地に埋葬されているのは、ウラジーミル・レーニンソビエト連邦である。ちなみに廟に保存されているレーニンの遺体とされているものは模造物である。また墓地全体は軍隊行進ができる道路舗装仕様となっている。世界一の面積を誇る単一の墓地であり、ロシア連邦はこの墓地を中心として交通網が設置されているため、ロシアの民は常日頃意識していなくても共産主義を崇拝していることになる。また実際にロシアでは「赤の広場に着陸した場合は無期懲役」という法律が今でも残っており、実際1982年に西ドイツの少年が着陸に成功した直後に機動隊に囲まれ射殺されている。

端的な沿革[編集]

 もともとツァーリ時代まではクレムリンと大聖堂の間にある空き地に過ぎず、格好をつけるために広場と銘打っていたが、革命後のボリシェビキ(のちの共産党)が目をつけ偉大なる同士レーニンを埋葬し聖地化した。ただそれだけじゃ気が満たされず、今も保存されている蝋人形を作って展示している。また聖地化した広場に集う同志を見たのちの共産党の計らいによって、毎年のように丁度レーニンの真上でパレードもとい追悼式を行うようになった。このパレードへの執着心は並々ならぬもので、独ソ戦でモスクワが陥落危機に陥った際に、前線に急行する兵士が軍曹の指示で立ち寄ったという逸話もある。その後1991年のクリスマスにソビエトが他界してからは、ソビエトも埋蔵されているということになった。また現在プーチン大統領はソビエト主義にも熱心であり、国民に崇拝を求めパレードを継続して行っている。

周囲施設[編集]

 以上の情報であるとただ何もない墓地になるがそうではない。赤の広場は墓地だけでなく名勝地としての一面を含めている上に、レーニンとソビエト以外の墓も点在している。よく有名な料理店に入ると、よく分からない賞状などが置かれているように、時代とともにその記念物がレーニンを中心としてのように並べられてある。聖ワシリイ大聖堂などのレーニンと関係ない賞状もあるが、宗教弾圧の時代でも勿体無いと解釈され爆破はしなかった。また先程述べたレーニン以外の墓の中にはスター☆リンもあって、死して直後は遺体を再現した蝋人形が置かれていたが、スターリンを狂信的に憎むフルシチョフによって放火され消失した。またユーリガガーリンのようなスポーツ選手なども埋葬されている。

聖ワシリイ大聖堂[編集]

バキバキ無宗教国家ソビエトにおいて聖ワシリイ大聖堂はタブーじみた建物であった。ただ比較的高い建物が圧倒的に少ないモスクワ中心部においては、電波塔としての役割を影で現在まで続けている。ちょうど中心部にある触れられない建物かつ意外と高いため、金が無かったブレジネフ政権下では判断がくらんでしまった故、現在において大聖堂は1階しか見学できないようになっている。

危険[編集]

 ネオナチがヘスの墓を聖地化したように、あまり戦後咎められなかった共産主義の聖地に赴く際には非常に注意を払う必要がある。共産主義のフーリガンマンチェスターのサッカーファンに匹敵する凶暴さを持ち、実際10年近く前に戦勝パレードで特別に英国騎士団が行進したが、その際には赤の広場の100メートル付近でフーリガンが警察隊と銃撃戦を繰り広げた。また日本人は共産趣味とかいう俄には信じられない嗜好を持った者がいるが、赤の広場に行ってふざけているとガチの共産主義者にリンチの被害に遭う危険性が高いので、そのような行動は自重すべきと駐露日本大使館も警鐘を鳴らしている。そりゃ日本に例えると靖国神社のようであり、実際にアメリカ主義者の(自主規制)に勤める記者が警察に逮捕された事例によく似ている。

ゆかりの深い楽曲[編集]

祖国は我らのために[編集]

 ご存知の通りロシアの国歌である。この曲はネットで容易に聞くことができるが、ロシア官民ともにロシア国歌の演奏機会は赤の広場での追悼式と認識されている。実際にボリシェビキ党歌の時代から赤の広場での演奏があったという記録が残っている。またプーチン大統領の愛国心マシマシ政策により、近年はテレビでも1時間に1回の頻度で放映されている。

目指せモスクワ[編集]

 この曲は東ドイツの歌であるが、オリンピック記念だけでなくプロパガンダの意味合いが強い楽曲である。この曲をライブステージで披露する際には背景が聖ワリシイ大聖堂の絵があしらわれている。これは本来赤の広場で披露されるべきであるが、現地の過激な共産主義者の強い反対によって撤回されたという経緯がある。どんなにロシアを礼賛する曲であろうが、ガチの共産主義者の聖地には漕ぎ着けないという典型例である。

タイムズスクエアとの関係[編集]

 ソビエトロシアと米帝は1世紀におよびドンパチ仕掛けた関係なわけだが、そんな対照的な国の象徴的な場所は非常に似ている。タイムズスクエアは20世紀の鉄道廃絶主義が蔓延った時代、ニューヨークの中心を通る線路が剥ぎ取られてできた通りである。このような全く類似性に欠ける二所であるが、唯一の共通点は危険な場所でもあるという点である。米帝の監視機関である(自主規制)が最も監視を行う場所であり、定期的に通行一般人の間引きが行い、また数年に一度のペースで工作員が生贄目的で銃を乱射している。ということもあり対照的な国に位置する同じ危険区域として対義語とされている。またタイムズスクエアは秘密警察の工作活動の、レッドスクエアは共産フーリガンの崇拝活動の象徴とされている。

関連項目[編集]

Wikipedia
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